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【シードファンド】ボルチモアの橋の崩落を越え、海を結ぶ新たな研究の架け橋

2024年ボルチモア橋梁崩落事故から生まれた名古屋大学とNC Stateの共同研究

2024年3月、米国メリーランド州ボルチモアで発生したフランシス・スコット・キー橋の崩落事故は、世界中に大きな衝撃を与えました。大型コンテナ船「Dali」が橋脚に衝突し、橋が崩落。尊い人命が失われたほか、主要幹線道路と重要な航路が長期間にわたり寸断されました。

写真:シードファンドプログラムによる名古屋大学訪問の一環として名古屋港を視察するNC Stateの研究者ら。左から、中村友昭教授、趙容桓、ケイシー・ディートリック教授、ホルヘ・サンフアン・ブランコ。 

この事故をきっかけに、名古屋大学と米国ノースカロライナ州立大学(NC State University)の研究者が、新たな国際共同研究に取り組むこととなりました。そのきっかけとなったのが、両大学による共同シードファンド制度です。 

1980年、ボルチモアを出港したコンテナ船「Blue Nagoya(ブルー名古屋)」が電力を失い、乗組員が制御できないままパタプスコ川下流を漂流、船はボルチモア港の有名なフランシス・スコット・キー橋の橋脚に、およそ6ノット(時速約11km)で衝突しました。当時のコンテナ船は、現在海を航行する巨大船舶より小型であったため、橋は防護用コンクリートに一部損傷を受けたものの、大事には至りませんでした。しかし、それから44年後、惨事は再び起こり、悲劇的な結末となりました。 

2024年3月26日、全長がエッフェル塔の高さに匹敵し、総トン数9万5千トンのコンテナ船「Dali(ダリ)」が、キー橋南側の橋脚に7ノットで衝突しました。その速度はBlue Nagoyaよりわずかに速いだけでしたが、Daliはおよそ10倍の総トンを有していたため、この「Allision(アリジョン)」の衝撃によって橋は崩落しました。

写真: 2024年の船舶衝突事故後のフランシス・スコット・キー橋(写真提供:NTSB)。 

アリジョンとは、船舶が固定された構造物に衝突する際に用いられる海事用語で、「collision(船同士の衝突)」とは区別されます。この事故では6人が死亡し、重要な幹線道路と航路の両方が数週間にわたり使用不能となりました。「たった一つの出来事で橋全体が失われてしまったことに、本当に驚きました。」

そう語るのは、ノースカロライナ州立大学土木建設・環境工学科の教授であるケイシー・ディートリック教授です。

ディートリック教授は、高潮やハリケーンによる沿岸域の浸水をシミュレーションする計算コードを開発しています。この事故が沿岸域で発生したことから関心を抱いていましたが、高潮や侵食といった自身の専門である沿岸災害の範囲外だと考えていましたが、2024年6月、名古屋大学の中村友昭教授(採択当時は准教授)から届いた一通のメールをきっかけに、新たな研究に着手することになります。

名古屋大学大学院環境学研究科の中村友昭教授も、ディートリック教授と同様に海岸工学を専門とし、波浪が沿岸構造物へ与える影響を研究しており、中村教授は、NC State-名古屋大学共同シードファンドへの応募をディートリック教授に持ちかけました。このファンドは、新たな研究協力を生み出すことを目的とした独自の大学間制度であり、採択されたプロジェクトが初期の資金支援期間を超えて、発展的な連携につながることを期待するものです。

「(中村)トモアキから6月に連絡をいただいた時、事故から数か月が経っていましたが、橋の崩落はまだ私たちの記憶に新しかったのです。私たちの専門分野を補完し合う、とても重要な研究課題だと感じました。」とディートリック教授は振り返ります。

異なる計算モデルの出会い 

中村教授とディートリック教授のシードファンド申請は採択され、それぞれ100万円の研究資金を受け取り、研究を開始しました。ディートリック教授によると、最初の課題の一つは、互いの計算モデルをどのように適合させるかを見極めることでした。そしてその課題は、両者が協力関係を築いていく過程とも重なっていました。

写真キャプション: 2026年9月の中村教授によるNC State訪問時の集合写真。左から、ケイシー・ディートリック、ガディール・ハイカル、ホルヘ・サンファン・ブランコ、中村友昭、劉欣。

「私たちは何千マイルも離れて暮らしています。異なる言語を話し、異なる文化を持っています。そのため、メンバー同士でも様々な共通点を見いだし、情報をやり取りする方法を見つける必要がありました。」とディートリック教授は語ります。

数値モデルについても同様で、異なる領域へモデルを拡張する必要がありました。中村教授のモデルは数十メートル以下の波浪と構造物の相互作用を扱う一方、ディートリック教授のモデルは数十キロメートル規模の海流をシミュレーションしています。

そのため、全長300メートルの船舶と全長2.57キロメートルの橋との衝突という、両者の研究領域の中間に位置する現象を研究するためには、それぞれのコードの入力・出力・パラメータ・変数をどのように接続するかを見つけ出す必要がありました。

「ケイシー(ディートリック)のモデルは、私のシミュレーションをより大規模な条件へ適用するための理想的な境界条件を提供してくれました。」と中村教授は語ります。

知と知がつながり、課題解決への道を拓く 

中村教授とディートリック教授は、両者のコードを統合し、ボルチモア港の概略条件を用いて事故のシミュレーションを実施しました。シミュレーション上の船は実際の船と同じ航跡をたどり、南側橋脚への衝突時刻も、実際の事故時刻との誤差70秒以内で再現しました。

シミュレーションの結果、事故の行方を左右した、極めて小さいながらも重要な要因が明らかになりました。

橋から約500メートル上流で、船の北側を流れる水は南側よりもわずかに速く流れていました。その差は、わずか毎秒0.22センチメートルでしたが、この流速差は、南側から小さな水路が本流へ流入し、南側の水深が深くなることで生じていました。そのごくわずかな差が船体を時計回りに回転させ、南側橋脚へ向かわせたのです。(当夜、その水路付近の流速観測データは存在しなかったため、この結果はシミュレーションの初期条件に基づくものです。)

研究チームは、船の初期条件や周辺環境を変えながら数多くのシミュレーションを実施しました。その結果、船の軌跡は複数の要因の影響を強く受けることが明らかとなり、特に喫水(船舶の浮き沈みの程度)が大きい場合には、船が南側橋脚方向へ流されにくくなる傾向が見られました。

また、一部のシミュレーションでは、Daliがわずか1分遅れて電力を喪失していれば、橋脚を避け、アリジョンは発生しなかったことが示されました。

従来の研究では、橋脚周辺の数十メートルのみを対象としたり、衝突そのものを扱わなかったりすることが多くありました。しかし、ディートリック教授の大規模な境界条件と中村教授の小規模な相互作用モデルを組み合わせることで、研究チームは水路全体にわたる船舶の接近過程と衝突を一貫して再現することに成功しました。

この研究結果は、アメリカにとどまらず、日本にとっても価値ある研究となりました。名古屋大学が所在する愛知県に位置する名古屋港は、日本最大の取扱貨物量を誇る港湾であり、伊勢湾の三つの航路には、重要橋梁である名港トリトンが架かっています。

「このモデルを活用すれば、名古屋港で予測される高潮も計算できます」と中村教授は語ります。将来的には、高潮時における大型船の挙動解析への応用が期待されます。

更なる飛躍にむけて 

研究者たちにとって、このシードファンドは共同研究の始まりに過ぎません。ディートリック教授は2025年3月に名古屋を訪問し、名古屋港やその航路を視察しました。中村教授も、米国ノースカロライナ州ローリーにあるNC State Universityの研究室を3度にわたり訪問しました。「日本とアメリカの研究者が同じプロジェクトで協力できる資金制度は非常に珍しいものです」と中村教授は語ります。

中村教授は、地球温暖化による水流変化の下での大型船の漂流と橋梁衝突を研究するため、日本の鹿島学術振興財団から二つの研究助成を獲得しています。

また、両研究室による共同論文が公表された後も、両者は研究を継続するための追加資金の獲得を目指しています。

NC Stateと名古屋大学のパートナーシップは1985年に始まり、2025年には交流40周年を迎えました。また、このシードファンドプログラムはNC Stateだけでなく、エディンバラ大学、フライブルク大学、シンガポール国立大学などとの連携も支援しており、理工系から人文社会系まで幅広い分野で新たな共同研究を生み出しています。

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